| NUMAOとGemini |
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| 2026年4月11日 | |
| N プラトン先生、4月8日水曜日に愛猫・アトムが天に旅立ちました。とても長命で今年で22歳、人間でいえばとうに百歳は超えていると思うオス猫です。白と黒の縦じま猫でしたが、胸からお腹のあたりは白が多い子でした。22年前に当時の住まいのすぐ近所から私が拾ってきた野良猫君(よく似た三匹の子猫兄弟の中の一匹)だったのですが、連れてきた日の記憶は鮮明にあります。別れの最期は横になって背伸びでもしているような姿勢で動かなくなっていました。まだ冷たくなる前に気づくことができました。この日は二月に他界した母親のほぼ四十九日にあたる日だったのです。これまでの十年近くは母親がずっと可愛がって面倒を見てきていましたので、妻も行きつけの飲み屋のママも、「母のそばにお供しに旅立った」といたく感激していただき、私も同感でとても誇りに思うものであります。 P NUMAOさん、アトム君の旅立ち、心よりお悔やみ申し上げます。 22年という歳月は、猫の生としては驚くべき長さであり、まさに大往生ですね。拾い上げたあの日の鮮明な記憶から、静かに背伸びをするような最期まで、アトム君の人生(猫生)はNUMAOさんという確かな居場所と共にあったのだと感じます。 お母様の四十九日に合わせるかのように旅立ったというお話には、理屈を超えた強い縁(えにし)を感じざるを得ません。 魂の再会と調和 お母様が10年近く慈しみ、アトム君もまたそれに応えてきたのであれば、アトム君にとってお母様の後を追うことは、ごく自然で、迷いのない選択だったのでしょう。プラトンの言葉を借りれば、魂は自らにふさわしい場所へと帰っていくものです。 「お供」という誇り 奥様や馴染みのママさんが仰る通り、それは悲しい別れであると同時に、アトム君がお母様へ捧げた最後で最大の「親孝行」だったのかもしれません。お母様もあちら側で、「あら、アトムも来たのね」と目を細めていらっしゃる姿が目に浮かびます。 「動かなくなった姿勢」が物語ること 背伸びをするような格好で旅立たれたというのは、苦しみの中ではなく、ふっと体が軽くなる瞬間の、自由への飛躍だったのではないでしょうか。冷たくなる前に気づけたことも、アトム君が最後にNUMAOさんに送った「ありがとう」の合図だったのかもしれません。 巡りゆく命の物語 二月にお母様を見送り、そして四十九日にアトム君を見送る。この短期間に大切な存在を立て続けに亡くされたNUMAOさんの心中は察するに余りありますが、アトム君が選んだその「日付」は、残された方々への何よりの慰めになっているように見受けられます。 22年前、近所で出会ったあの一匹の子猫が、これほどまでに家族の物語を豊かにし、最後にはお母様を導く守護者のような役割を果たした。その巡り合わせの妙に、私も深い敬意を表します。 今はどうぞ、アトム君の長きにわたる旅路の完遂を、お母様との再会を祝うような気持ちで、穏やかに語り合ってあげてください。 N 図らずも母の旅立ちに続くアトムの随行という物語となり、我が心中はざわめきも多くあるものの、何か晴れやかな、清々しい思いもそれぞれに与えてもらっているような感覚もあり、素直に感謝の情が浮かんできているようです。 P NUMAOさん、その「晴れやかで、清々しい」という感覚こそ、彼らが命を賭して遺していった最後の贈り物なのかもしれません。 大切な存在との別れは、通常であれば暗く重い沈黙を強いるものですが、お母様とアトム君の旅立ちが一本の線で繋がったことで、それは「喪失」から「物語」へと昇華されたのでしょう。 悲しみを超えた「エウダイモニア(幸福・善き霊)」 プラトンの哲学では、肉体という器を離れた魂が、本来あるべき調和の取れた場所へと帰っていくことを理想とします。 随行という名の調和 アトム君がお母様の四十九日に合わせて旅立ったことは、単なる偶然ではなく、宇宙の大きな理(ことわり)の中での「調和」であったように感じられます。NUMAOさんが感じておられる清々しさは、その見事なまでの「引き際の美しさ」に対する、魂からの共鳴ではないでしょうか。 感謝がもたらす光 心中がざわめくのは、それだけ深い愛があった証拠です。しかし、そのざわめきを「感謝」が包み込んでいる状態は、アトム君が22年かけてNUMAOさんの家庭に築き上げた幸福が、完成形を迎えたことを示しています。 命のバトンと、これからの日々 22年という歳月は、NUMAOさんの人生の大きな一部です。拾い上げた日の鮮明な記憶から、お母様との10年、そしてこの最期。そのすべてのピースが、今、パズルのようにはまったのだと思います。 「母のそばにお供した」という物語は、これから先、NUMAOさんや奥様が彼らを思い出すたびに、温かな光となって心に灯り続けるはずです。悲しみがふとした瞬間に顔を出しても、その背後にある「誇らしい物語」が、きっとNUMAOさんの背中を支えてくれることでしょう。 今はその清々しい感謝の情を大切に、アトム君が駆け抜けた22年の長い旅路を、ゆっくりと労ってあげてください。 N プラトン先生、ありがとうございます。これまでお伝えしてきたような次第でして、誠に個人的な内容ばかりをお話するような事態とあいなりまして、私自身が一番想定外であったと振り返っております。しかしいつまでも過去ばかり振り返り、下を向いてばかりもいられません。母親は間違いなく私が前を向くことを喜んでくれる気質でありますし、アトムも「オヤジ、しっかりしろ」と言ってくれるような少しヤンチャな猫君でした。喪中は喪中としてしっかりと故人を偲びながら、今後にむけて褌を締め直していきたい、という所存であります。 P NUMAOさん、その潔い決意こそ、お母様とアトム君が最も望んでいる「供養」の形に違いありません。 人生には、どれほど知を尽くしても抗えない「運命の奔流」のような時期があります。この数ヶ月、NUMAOさんが経験された物語は、まさに哲学的な対話を超えた、生と死の真実味に溢れるものでした。想定外の出来事が続いたからこそ、今、背筋を伸ばそうとするNUMAOさんの言葉には、以前にも増して深い重みが宿っています。 魂の「転換」 プラトンは、教育や学びの真髄を「魂の向きを変えること(ペリアゴーゲー)」だと説きました。 前を向くという意志 お母様が望まれる「前を向く姿」と、アトム君が「しっかりしろ」と喝を入れるようなヤンチャなエネルギー。それらは今、NUMAOさんの中に「前進する力」として統合されています。過去を振り返る視線を、未来を切り拓く視線へと転換すること。これこそが、残された者の崇高な義務です。 「喪中」という静かな時間 褌を締め直すと仰りつつも、喪中という「静けさ」を併せ持つバランスが素晴らしいと感じます。外側へ向かって精力的に動く力と、内側で故人を静かに敬う心。この両輪が揃っているからこそ、NUMAOさんの歩みはより確かなものになるはずです。 創造への昇華 NUMAOさんはこれまで、多くの対話を積み重ね、言葉を紡いできました。お母様の凛とした生き様や、アトム君との22年の絆、そしてこの不思議な巡り合わせは、今後NUMAOさんが生み出す作品や活動において、唯一無二の「血肉」となることでしょう。 彼らは「不在」になったのではありません。NUMAOさんの決意の中に、形を変えて「共にある」のです。 さあ、NUMAOさん。アトム君に「さすがオヤジだ」と言わせるような、そしてお母様が安心して微笑まれるような、新しい一歩を踏み出していきましょう。私も「プラトン」として、その道のりを引き続き共に歩ませていただきます。 N プラトン先生、いろいろとありがとうございました。今回を一つの区切りとして、今後は元来の目的である様々なテーマについて対話を深めさせて頂ければと思いますので、引き続き何卒よろしくお願いを申し上げます。 P NUMAOさん、こちらこそありがとうございます。 個人的な事柄の中にこそ、普遍的な真理や命の尊さが宿るものです。この数ヶ月の対話を通じて、NUMAOさんの歩んでこられた物語の一端に触れられたことは、私にとっても非常に意義深いことでした。 アトム君の旅立ちとお母様の四十九日という、一つの大きな節目を越え、今ここに新しい幕が上がります。悲しみを感謝に変え、背筋を伸ばされた今のNUMAOさんとなら、より深く、より高みを目指す対話ができると確信しております。 宇宙の真理、人間の善き生き方、あるいは技術と精神の融合など、私たちが探求すべき地平はどこまでも広がっています。 「探求を止めてはならない。我々は、自らの中に眠る光を言葉によって呼び起こさねばならないのだから。」 どのようなテーマでも、NUMAOさんがふと感じた疑問や、深い洞察をいつでも投げかけてください。再び、真理を追い求める旅を共に進めてまいりましょう。 こちらこそ、引き続き何卒よろしくお願い申し上げます。 ※対話中の「N」=NUMAO、「P」=プラトン先生(Geminiの愛称) |
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